私が私の本質に還るまでのブログ

人と比べることなく私らしく生きていく
本物の大人になるために✩ 未来の貴方に伝えるメッセージと共に
子育ての軸と自立した大人への道まで繋ぐ… 案内人です。

簡単に自分と向き合う方法

外部からの情報に目を向けることも必要だけど




外ばかりに目を向けすぎると
本当の自分の気持ちにを知ることができないよね。





たまには目を閉じて
外からの情報を閉じてみると
心が落ち着くよ。

自分の身体の中の鼓動の音
そして呼吸に意識をして
吸う息と吐く息を感じて見る






浅い呼吸から
少しだけ深い呼吸に自分の意思で変えてみる
どうかなぁ、
当たり前にしている呼吸






どんな音?
いつもより深く吸って。吐いて。
繰り返してみて。







目を閉じて
外からの情報は閉じてみる

それが一番簡単な自分と向き合う方法






ゆっくり呼吸するだけで
心穏やかに少しだけでもなれたなら
それで十分






天災も避けることは出来ないね。
日々の生活の中で、皆それぞれあるね。






外で何があっても
自分の身に何が起こっても



目を閉じて
呼吸整える事で






ブレていた自分の奥底の芯が
ブレなくなって行くよ。


ただ、今ここにいることが
とても大切なこと。








自分に向き合う時間が持てる事って
とってもありがたいことなんです。





ちょっとだけでも
目を閉じて感じてみて。

忘れてはいけないこと。73年前のこと伝え続けよう。

広島に原爆から投下から73年。


僅か73年前の暑い夏


1945年8月6日午前8時15分


一瞬にして日常が消えてしまったのです。


今朝は、時刻と共に合掌させて頂きました。







初めて足を運んだ広島
必ず行こうと決めて


原爆ドーム
そして、広島平和記念資料館









何もかもが一瞬で消え
残ったものは、誰も幸せではない





ずっと残り消える事は出来ない
心の傷





能力ある人間の力が
良いも悪いも使う事が出来る
選択という知恵





いかようにでも利用、出来るからこそ









唯一の被爆国であるこの国が、世界に向かって
非核化を訴えていかなければいけないと強く思います。







悲惨な光景を目の当たりにし
多くの犠牲者のためにも
もう2度と同じ過ちを繰り返してはいけないと。






ドーム周りに海外の学生たちがガイドの話をメモしながら
真剣に聴いていたことが
とても印象的でした。




それと、同時に私たちに日本人が
するべきことはなにか・・
考えさせられる光景でした。




わたしは、やっぱり人からの言葉ではなく
その場に行き
この目で現状を見ることができたことで
これからの自分の世界観を変えられました。




初めてのずーっと行きたかった広島


凄ーくいいところですね!




一人一人が平和を心から
感じるには
多くの尊い犠牲の方々がいてくれたからこそ





忘れず。伝え続けていくことの大切さ
次の時代の子供たちのためにも。





息子・父に会いに行くってよ。

先日、息子が元夫の住む町に会いに行きました。
正直、母親としては、複雑な心境




でも、もう成人した息子は大人ですから
それも良し!そう感じています。




夫婦は他人であっても
子どもにとっては切っても切ることができない
親子関係は永遠に続くのです。



新たな環境の中、職場にも多くの母子家庭の方がいました。



その中の環境は恵まれていて
同じ気持ちで共感を持てたし、そんな環境であることは
とても心強かったこと今でも感謝しています。




しかし、一点だけ私の考え方とは異なりました。
ほとんどの母親は、
別れた夫になんで子ども合わせなければいけないの?
子どもには、一切合わせる必要はない。
ろくな父親でなかったと子どもに伝え・・・
悲しく思う私がいました。



ただ、そんな考え方も否定はしません。


それは、その人の考え方ですもの。
人それぞれです。




ただ、その夫婦間で起こったことは子どもにとって何の罪もないのです。




子どもは、とてつもない不安と悲しみと寂しさを抱えこむのですから。




夫婦は別れることはできても
子どもには何の罪もないのです。




当時、調停に入り長期戦。最後の最後に子どもたちに月1回合わせること
そして、お泊りさせる。
この、条件が出てきました。




私は、どうしてもOKが出せませんでした。


今思えば、私もプライド
でも、それで、よかったと思える今があります。



なぜ、その時にOK出せなかったのか…
2つ、理由がありました。


子ども達はとても傷ついていたからです。私もでした…


合わせないわけではないけれど、月1回の約束はできない。
少し、成長を見守ってほしいと、


もう一つは、父親本人が、会いたいわけでなかったからです。


伝えましたが。。



残念なことに、全く子どもの気持ちを理解してくれませんでした。



余りいい、別れ方ではなかったので
互いが信頼できなくなってしまったのでしょう。



私は私のプライドを守り抜き
1人で子どもたちと向き合いました。
ただ、決して子供たちの父親の悪口だけは言わないと決めて。




2,3年が過ぎ
息子が中学に入るころ
会いたいと、言ってきた子どもたち
自分たちで連絡も出来る頃になったので
行かせました。



何を感じて帰ってきたのか・・・
もう、会わないからと。




それから、時が過ぎ…




大人になった息子がまた、自分から会いに行くようになり
もう、後は本人が決めること。




末っこは、父の顔さえ知らない中
始めて会ったときは複雑だったでしょう。
そして、自分から会いたいという日も来るのかもしれません。





いろんな家庭があります。
暴力的な問題や借金などのトラブルに巻き込まれるような相手なら
こんな選択はせず、ほかの選択を選んだかもしれません。





ただ、私の人生の選択は
これでよかった。
母親として子どもに出来る限りのことをやること。


そう自分で選んだことが、なにより大切なことなのです。








相手は、その当時の、わたしの鏡なのだから
相手を悪く言うことは、自分を否定していることと同じこと。



相手を選んだ自分がいること。
それは相手を責めることはできないのです。





人生はいつも選択の連続
どちらを選ぶかは自分次第
どの道も、必ずゴールにたどり着くようになっているのだから。



まずは、自分の足元をみたとき見えてくるものがあるのかも


等覚一転名字妙覚